はじめまして。四万十に憧れ、四万十に移り住んでもう6年のみもとです。

7月の終わりの夏が始まる暑い日に、四万十町十和地域の四万十川を渡って山を少し登ったところにある、上山ちどりさん(以下:ちどりばあちゃん)のご自宅を尋ねました。

山間一面に茶畑が広がる風通しのいい場所。ここがちどりばあちゃんの育った場所で、十和錦の生まれ故郷です。

今回ご紹介するちどりばあちゃんは、御年91歳。

戦後の貧しい時代に、まだ小学生だった幼いちどりばあちゃんはこの土地にやってきて、祖母の「くり」さんに教わった生きるすべを大切に受け継いでこられました。

そんなちどりばあちゃんは、ご自宅の周りにあるたくさんの果樹や田んぼを長年ご主人と育てて来られたそうです。米・栗・お茶の他にも趣味で育てているという柿・柚子・みかんなど…あっちにもこっちにもちどりばあちゃんのお山があるようです。

「自分で作った方がいっぱい収穫できるけん。」

なにかを分けてもらうときは必ず穂木をもらって、それを接木し、時には種から育て、自分の”財”にしてきたそうです。

「暑いけん、まぁ座りや」としきりにおすすめしてくれるちどりばあちゃん。今年は変わった蘭が咲いたで、と喜んで鉢を紹介して下さいました。

縁側から座ってみるとちょうどいいところに並べられた蘭の植木鉢。

「珍しい蘭を見つけてはもろうて、育てよったらこんなに増えた。」

可愛いうすピンクの蘭が、ひっそりと咲いていました。

足元にちょこんと置かれたかわいい草履。こちらもちどりばあちゃん手作りだそうです!なんとお家の裏の倉庫を見せていただくと、1年分用意された手作り草履が!

草履など見たことのなかったほぼ平成(昭和の最後)生まれの私は、ずらっと天井からぶら下げられた草履に圧倒されました!

これを全部手編みって、すごいなぁ…!!

編み物とか縫い物とか好きですが3日坊主で終わってしまう私はやってみたい…とひそかに思ったことでした。

後日思い立ったらちどりばあちゃんに教わりに行こう!

”十和の香り米”はどうやって生まれた?

小学校に講演に行って、そのお礼に小学生から送られてきた作文を、大切に戸棚の中から出してきてくれたちどりばあちゃん。

「これが一番嬉しいわよ。」

子供達が書いた作文を一つ一つ眺めながら、懐かしそうにそのときの思い出を語ってくださいました。

十和錦が生まれたのは、今から63年前。ちどりばあちゃんがご主人の岩雄さんとお二人でお米を作っていたときでした。

8月の終わりのある日、お米の水回りを見てまわっていたときに、3本だけ背の高い稲を見つけました。その稲は穂が長く、明らかに他の植えていたお米と違っていたため不思議に思った岩雄さんは、その稲に目印をつけておいて収穫をしたそのお米を、次の年、その次の年も植えて増やしていきました。

やっと収穫して精米ができる量になったのが、発見してから3年後。ご飯を炊くと、ちどりばあちゃん家の坂の下まで香るなんとも香ばしくいい香り。

「当時は麦ごはんばっかりやったけんね、そのお米を入れて炊いてみたらまぁ、おいしかったがよ!」

あんまりにもいい香りがするので、坂の下を通る人たちが「なにを炊きゆう?」とたくさん訪れました。食べさせてあげたところ、みんなが「美味しい、うちにも植えたい」と言うので、みんなに種をわけたところ、お米を作った人から人へ、お米はどんどん広まっていきました。

訪れた人の中に、まだ若いご夫婦が小さな男の子を連れていました。その男の子は、ちどりばあちゃんの炊いたお米をお椀いっぱいぱくぱくっと食べ終わり、「おかわり!」と言ったそうです。それを見てお父さん、お母さんはびっくり。男の子は、家ではごはんを完食したことがない、というのです。

そのご家族は、四万十町でお米やさんをされている樽井商店さん。さっそくちどりばあちゃんからもらったお米の種を植えて、美味しいお米をブレンドしてみんなに広めていきました。

「好きなものを、食べたい人が作って食べたらえい」と、にこにこするちどりばあちゃん。その当時、まだ「十和錦」という名前は生まれていません。

ずらりと並んだ、ちどりばあちゃんと岩雄さんの表彰状。全部お米や栗の品評会でいただいた賞の数々だそうです。

”香り米”って、ほんとに香る。

ところで、”香り米”ってみなさん召し上がったことありますか?

香り米とは、収穫してもみ取りをした玄米のうちから香りがあるお米のことだそうですが、海外のお米で言うと、ジャスミン米が有名。炊く前からふわ〜っと香る、なんとも香ばしくておいしい香りは、ご飯が炊ける前から食欲をそそります。

十和錦は香りが強いので、普通に十和錦だけで炊くと食べられないという方もおられるほど。ちどりばあちゃんは100%十和錦でも大丈夫だそうですが、いつものお米に少しだけ、混ぜて炊くのが定番の炊き方です。

「十和錦じゃない米を育てゆう時は、2、3年に一度は気移りして米を変えつつやっておったけど、十和錦になってからは不思議なもんやねぇ、50年飽きもせず作りよるわ。」

今は昔と違って田んぼも広くなり、農業をするのにも牛ではなく機械を使うようになって、作る人も変わって、香っていた十和錦の香りは昔ほどではなくなったそうですが、お米は作る場所によってまた味が変わります。作る人によっても特徴のあるお米となるのでしょう。

ちどりばあちゃんの田んぼは、四万十川の小さい支流を渡って向こう側です。まだ他にもあるのですが、ここが一番ご自宅から近いところ。川を渡る橋になる板も、自作です。

右下の黒いネットの中には、薬草を育てておられるそうで。本当になんでもできてしまうちどりばあちゃんです!

十和村のそのむかし。

以前、十和村は「十川村」と「昭和村」のふたつの村でした。63年前のちどりばあちゃんと岩雄さんが美味しいお米を発見したちょうどその年、十川村と昭和村は合併し、「十和村」ができあがりました。

ちょうどいいネーミングだと思ったちどりばあちゃんは「十和錦」にしよう、と思い、岩雄さんに相談しました。

岩雄さんに「もみの色が ”錦” というほどのものでもない」と反対されましたが、他にぴったりの名前が思い浮かばなかったため、ちどりばあちゃんの意見が通り、「十和錦」という名前が誕生しました。

ちどりばあちゃんのご自宅に向かう坂を登ると、干してあった梅干し。ひとつひとつ、使われている道具も大切に使い込まれているなぁという印象でした。炊き上がった十和錦にも、ぴったり合いそうですね〜。

私がお会いした数少ない人の中に、人生を大切に生きておられるなぁと感じる人が何人かおりますが、そういう方とお会いすると毎日あっという間に過ぎていくなぁと思いながら生きている私は、背筋をしゃんと伸ばされる気持ちがします。

ちどりばあちゃんも、そんな人生を大切に生きておられる方のうちのひとりだと感じました。お会いしてすぐなのに、人生をこんなにも語られる人って、すごいなぁ。

私もそんな風になりたい。と思いながら、ここに書ききれなかったちどりばあちゃんの人生を、また別の機会に紹介したいと思います。

十和村で生まれた十和錦。

昔話にもなりそうなちどりばあちゃんの物語を、今後もみんなに語り継いで欲しいな、と思った今回の取材でした。

十和錦は、いろんなお米屋さんで販売されています。お米屋さん独自でブレンドされていたり、十和錦だけで販売されていたりします。

美味しいお米はどれ?と聞かれても、人それぞれ好みがありますので、お答えできかねるのです。十和錦が入っていても、一緒にブレンドしているお米やブレンド量でまた香りも味も全然違います。

まだ美味しいお米に出会えてない方は、十和錦をお試ししてみませんか?

香り米に慣れてしまったら、もう元の白米には戻れない! 美味しさの沼にハマってしまいましょう…。
【新米】かおり米十和錦(80g)×10袋
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